きらりと、儚く

時計の針を眠らせて

君の声を探すのが好きだった

今日はただの呟きです。
見なくても全然大丈夫です!

ただ誰かに言いたかっただけなので(笑)




* * *



はじめに〝 ファンについて 〟Twitterで見たものを引用します。本当にその通りだなと思ったので、みなさんにも見てもらいたかったんです(´-`).。oO

ファンというのは、最初、「なんとなくその人を観ていると嬉しい」というところから始まり「その人が活躍したり、いい成績を出したりすると嬉しい」という段階を経て、「もう、ただ、その人が幸せそうなら、活躍とか成績とかどうでもよくなる」という境地に達するものだと思う。そして、最後は「ただ、その人がこの世の中に生きているというだけで、なんだか嬉しい」となっていく。

(4月28日 日本経済新聞 夕刊より)


* * *







いのちゃんの声を探すのが好きだった。
朝、曲を聴いててふと思った。

いのちゃんのソロがあれば嬉しいし、
9人の重なった声の中からいのちゃんの声を探すのが好きだった。

見つけたときは幸せだった。


でも今は、探さなくても分かって。
「好き」というのが過去形になって。


事務所の売り出し方に色々思うこともある。




…って、そうやって周りに合わせてた部分もある。



だから、今日は本当のことを。
言ってることがいつもウソなんじゃなくて、時々 周りに合わせちゃう部分があるっていうだけなんだけど。

今日は本当のことを言おうと思う。



いのちゃんの声を探すのが好きだった。
9人の重なった声の中から、たまにハッキリと聴こえてくる声を見つけるのが好きだった。

「好きだった」

それは今も変わらない。

ソロパートがすごく増えた。
探さなくても聴こえるようになった。


でも、サビとかで9人が一緒に歌って。
その中で時々ハッキリと聴こえてくるいのちゃんの声を見つけたときは今でも幸せを感じて。

事務所の売り出し方に色々考えたりしたことはない。


たしかに最近出すぎてて体 大丈夫かな、
っていうのはあるけど。


もう私の中でそれは事務所の売り出し方では無くなってるから。

いのちゃんが周りに認められたってそう思ってるから、私は事務所に色々思うことはありません。



いのちゃんの声を探すのが好きだった、

でも今は探さなくても分かる。




それは本当に、いのちゃんの周りの環境の変化を感じさせることだった。



いのちゃんが売れすぎて嫌に思うこともあった。


けどやっぱり、色んなところでいのちゃんを見れて毎週決まった日に見れて幸せだった。


私は、いのちゃんがいのちゃんであるかぎり好きで仕方ないんだろうなと思った。


いのちゃんが周りを見て、テキトーな人であるかぎり。

いのちゃんが人のために涙を流す人であるかぎり。




君の声を探すのが好きだった。

今は探さなくても分かる。


でも、君が君であるかぎり私は君が大好きだ。