きらりと、儚く

時計の針を眠らせて

自分なりの〝好き〟を。

事の発端はOTTに引き続き、DEAR.の初回限定盤も予約できなかったこと。どこを見てもどこに聞いても見つけることのでなかったDVDは、今のJUMPをしっかりと示していた。静かに流れる涙は、思えば去年の制作開放席に落選して以来だった。そこで泣いてけじめをつけて、音漏れを聴いてJUMPを感じて「来年は大丈夫」って言い聞かせて終わった2016年。

たかが初回限定盤。でも今まで過去のDVDとして買っていたものを、初めて何ヶ月も待って ついに…!っていう喜びを感じて、聞いてみたらソロアングルの評判だってよかったから買ってみようかなあって思ったらこれ。翌日までなら大丈夫かなって、それが間違ってたのかな。

 

「世の中の悪ばっかり見せるよね、ジャニーズって。真面目が馬鹿を見るって言うか」

 

母が言った言葉。

 

ジャニーズに限った話じゃないけど、夢を見ていられるのって運がいい人なんだと思う。運のない人は現実を知るだけ。

親からすればいちいち振り回されて泣く子供の姿なんて見たくないし、そのせいで事務所や人を嫌に思うのもしょうがないと思う。

 

事務所は好きじゃない。

でもそうやっていちいち悲しくなるのはきっと他にも理由がある。

 

SNSは当たり前をつくる。作るんじゃなくて、見えてしまうだけなのかもしれない。CDやDVDを買うこと、発表されたらすぐに予約して初回を手に入れる、3形態出れば全部買う。雑誌を買う、コンサートに行く。それができない者は周りと比べて敗北感を感じて落ち込む。自分たちがつくった当たり前を当たり前にできなかったことで不幸を感じる。

なんで当たり前を当たり前にできるものが多くの幸せを感じて、比べて勝ってないと人は幸せになれはいんだろう。

大人がうらやましいって思うのだってたまにじゃない。


小学生の時の自分が好きだった。委員会の代表や学級委員は1回も立候補したことなくて、全部推薦で選ばれて、たくさんの表彰をもらってた自分が好きだった。チャイムがなって放課になってみんなが掃除をやめて、でもゴミが取りきれてないと気付いた私は放課になっても教室でちりとりをしていた。その光景を誰かが見てくれてた。あとで先生が話して、みんながありがとうって言ってくれた。それから何年か生きて、悪いこと卑怯なこともたくさん知って きっと今の自分じゃできないことを小学生の私はたくさんしてた。だから、私はその頃の自分が自慢だし好きだった。

 

私は考えすぎるところがある。一回考えると止まらない。分かってるけど治せない自分の嫌なところ。

 

 

自分なりにJUMPを好きでいて、

人見知りでネガティブで臆病になってしまった自分にもきっと良いところがあると信じて、好きになれたら。

 

強くなれる そう思うんだ 君とならば

 

なんとなくでしかないけど、JUMPを好きでいることはきっと自分を好きでいることにも繋がる。
だからこそJUMPを好きでいることに不幸を感じたくないし、夢を見ていたいと思う。

 

今の私には逃げ道だから。
現実逃避だから幸せをください、

 

 

幸せなんて人それぞれで、比べるものじゃないから。どんなに小さいことでも、自分が幸せだと感じればそれは幸せだから。当たり前じゃないことを当たり前だと思って贅沢にならないように、今日も自分なりの〝好き〟を。